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元のスレッド
(無題)
- 1 名前:アバン 投稿日:03/01/15 16:14
- 居心地の良い場所を探しに来ました。
惚れた男との2年半に渡る「廃虚での生活」。
そんな自分が存在していた事実を、表現したい。
今しか書けないと思って・・・。
そんな私の独り言です。
- 2 名前:アバン投稿日:03/01/15 16:21
- 18年前程、会社の同僚だった同じ年の彼と廃虚に住んでいました。
その頃は「廃虚」ということを意識してなかったのですが・・・。
今考えると凄いことだと思います。
場所は言えませんが、線路沿いでした。
電車が通ると、物凄い音がします。でもすぐ慣れた。
共同の井戸があって、蛇口のところにボロ切れをつけて、
水が飛ばないようにしていました。
その水は飲まなかったけれども、洗濯に使いました。
台所はタイル貼りで、黄金色の薄い鍋が残っていたので、
置いてあった洗剤で洗って使いました。
半透明のプラスチクの瓶に入ったママレモン。
年月がたって濃縮されていたけれど、使わせていただきました。
トイレは汲取式でいつ回収に来るかわからないので、
最初に1ヶ月だけ使って、
それからは近くにできたコンビニのトイレを使うようになりました。
- 3 名前:アバン投稿日:03/01/15 16:22
- すみません。思いでが蘇って来たのでもう少し書かせてください。
彼とは2年半ほどつきあい、別れたんです。
今でも彼のこと気になります。
結婚はするような相手じゃなかったけれど、
廃虚に点々と移り住むには最高の相手でした。
こんな私も廃虚マニアなのでしょうか?
彼とは合計4軒の廃虚に住みました。
別にいやではありませんでした。
ただ彼と一緒に住めることだけで、いっぱいいっぱいでした。
先ほど書いた線路沿いの廃虚についてもう少し書かせてください。
換気扇が脂で固まっていたので、
マジックリンとペーパータオルで掃除しました。
でも結局回らなかった。
電気が通ってないってことに気がつかなかったんです。
だからろうそくと懐中電灯、ランプの生活です。
生活用品はかなり残っていて、
かなり使わせていただきました。
押し入れにはふとんが3組み。
すごい湿り気。カビ臭かったです。
干せばなんとかなると思い、
シーツと枕カバーも洗濯して使いました。
ふとんカバーはなかったので、黄色っぽい布団生地が丸出しでしたが、
一組のふとんを手入れして、使いました。
- 4 名前:& ◆DBpSSxSLzg 投稿日:03/01/15 16:24
- 今思うと、彼は廃虚マニアだったんだと思います。
同じ町の廃虚に連れて行かれました。
よく言われるデートとかも映画や喫茶店に連れて行かれたことは一度もないです。
白いカリーナでブラブラドライブして、
良い物件が見つかると、そこに住み込みました。
でも生活できる用具が残ってる廃虚に限られます。
ドライブインの廃虚の隣にある、木造一軒屋に住んだこともあります。
そこは2階建てで、2階を寝室にしていました。
マットレスは新品ぽかったので安心して使えた。
少しくらいの染みは気にならなくなっていました。
壁には子供が書いた落書きがありました。
スヌーピーのシールの跡も残っていました。
そういうのも気になりません。
- 5 名前:アバン投稿日:03/01/15 16:24
- 残暑に厳しい時だったでしょうか。
古い扇風機が置いてあって、電気が通ってないことに腹が立った。
自力でグルグルと羽根を回し、それで風にあたった。
暑さにダラけて昼寝してる彼にためにグルグル回してあげた。
1時間程回してあげてたら、
なんだか涙が出てきました。
扇風機から何かポトリと落ちたのが、
トンボの頭だったのです。
扇風機の羽根の根元からは乾燥した羽根が出てきてバラバラになりました。
それを見たら、なんだか尚更彼とのふたりの時間がイトオシクなって。
彼を本当に愛しているんだなって。
- 6 名前:アバン投稿日:03/01/15 16:26
- 4のその木造2階建てには、その年の夏の間だけ住みました。
お風呂は使われていなかったのですが、
掃除をしてたった一度だけ使いました。
もうすぐそこも出ようと思っていたから、
一度はそこの風呂に入るための努力は惜しみませんでした。
浴槽の形は楕円の大きな桶のような形で、内側が少しケバだっていた。
底にほうは黒くなっていたけど、タワシでゴシゴシこすった。
床はザラザラのセメントでできていて、
水で塗れるとヒヤリとして冷たかったです。
夏だったから気持ち良かったけれど。
水出なかったんです。大変でした。
でも彼は古い井戸の場所を探すのが上手なんですよね。
どこからか古いライトバンを借りてきて、
その後に中くらいのポリバケツ容器に水を貯めて、
井戸とその木造の家を何回も往復しました。
お湯を沸かせないので、水風呂です。
夏だから、ちょうど良かったし、なにしろ暑かったから。
風呂場の天井はプラスチックです。
あの水色の半透明で波打った板状のものです。
天井からはその板を通して、午後の光りが降り注ぎ、
風呂場全体が水色っぽくなりました。
なんとも言えない不思議な空間でした。
- 7 名前:アバン投稿日:03/01/15 16:27
- 今思うとね。当時は彼のことしか見てなかったから、
廃虚なんかには関心なかったし・・・。
ふたりで汗だくになって水風呂を準備して、
ふたりでせまい楕円の風呂桶に入りました。
本当に小さかった。
でも冷たい水の中に触れ合った彼の体温を感じて、
幸せだなー。本当にこの人が好き。と確認しました。
外からは近所の子が家の前を通りすぎる声や、
自転車に乗って話しながら通りすぎる男子高校生の声、
また母親が子供を乗せた台車をゴロゴロとと引き摺る音。
何時間もその風呂桶の中で、彼と二人の世界で、外界の音を聞いていた。
チャポンって水が跳る音が風呂場全体にも響きました。
彼は一体何を考えていたんだろう?
ただ壁を見つめて、押し黙り、長い時間私に触れようともしませんでした。
彼のそんなところ、彼しか知らない世界がある。
不思議な魅力がある彼でした。
最後は義務的にしてくれたけど、
私にとっては心に染みるほどの鮮明な彼との想い出なのに、
その時の彼の心はここにあらずって感じで。
彼にとって、その時の私はいったいなんなんでしょうね。
- 8 名前:アバン投稿日:03/01/15 16:28
- 彼は私に愛情を持っているかどうかはわかりませんでした。
ただ憐れんでくれるような優しい目で私を見ました。
見つめあうことはほとんどなく、
一瞬私を見ると、目をそむける感じでした。
私は受け入れられてない・・・。そう思いました。
でも、私は彼が行くところどこへでも行きたかった。
彼には情熱というものが感じられなかった。
世の中から離れて、彼の男友達を見たことが一度もない。
彼の家族のことも、生い立ちも何もわからなかった。
2年半も一緒に行動していたのに。
彼は靴を作る工場で働いていました。
毎日同じ工程を何度も何度も繰り返していたようです。
そういうのがいいんだ。と言ってました。
そんな彼が廃虚の建物の中に入って行く後姿。
痩せ気味の長身を猫背にしながら、
大きな歩幅で進んで行く。
肩幅が広いい黒い皮ジャンの背中。
私を振返ることもなく、前に進んで行きます。
私はただ漠然と彼の後を追うだけでした。
淋しかった。でもその後姿から私の心は逃げられませんでした。
- 9 名前:アバン投稿日:03/01/15 16:29
- 彼と廃虚に住んでる期間でも、彼は自分のアパートを手放さなかった。
細長い作りのその部屋のキッチンは使われたことがなく、
釜の蓋には厚いホコリがたまって固くなっていた。
トイレも掃除されていなく、電球を取り外し、汚いものは見えないようにしていた。
恋人ぶって、掃除をしてあげようとしたら、
「そんなことはするな。」と冷たく言われた。
でもそのアパートに戻って来るのは荷物を取ったり、置いたりする時だけ。
まるで彼が借りているそのアパートが廃虚のようでした。
- 10 名前:アバン投稿日:03/01/15 16:29
- 私たちは団地の廃虚に住んだこともあります。
外壁が暗いピンク色でした。
いつの時代に流行ったものなんでしょうね?
4階建ての3階の部屋を選びました。
部屋がいろいろあるので、よりどりみどりでした。
1階2階は一目につくので避けたんだと思います。
結構外出とかが大変で、酒に弱い私たちが、
飲みすぎて帰った時は3階まであがれずに、
1階で寝たこともありました。
(彼はこの「私たち」と言う言葉も嫌いだった。)
その部屋には1960年代の婦人雑誌の付録が貯めてありました。
料理手芸関係、家計簿等です。
家計簿は多少の日記を書くことができたもので、
昔のここの住人の記録が残っていました。
悪いと思いながらも拝借しました。
家計簿のほうは、ほとんど記されていませんでしたが、
日記の欄には天候について書いてあり、退屈しながらもページをめくっていました。
彼のほうは万博の公式ガイドブックを見つけたようで、
興味深そうに読んでいました。
ちょうどその時、揺れたかなって思いました。
気のせいかなって思ったけれど、
小刻に斜めに揺れてるような気がしました。
地震だって気がつくまで、少し時間がかかりましたが、
掛けていた空のハンガーが畳に落ちたので、確信しました。
心臓がドキドキとなり、なにしろ古い建物だから崩れるかもしれない!
と咄嗟に頭に思い浮びました。
- 11 名前:アバン投稿日:03/01/15 16:30
- ここは3階だし・・・。
迷っていると、彼が万博のガイドブックを放り投げ出し、
私の右腕を強く掴み、引っ張りました。
玄関で早く靴をはくように促されましたが、
私はサンダルを履くのがやっとでした。
彼がぐいぐい私を引っ張って廊下に出て、
階段を数段飛ばしで、掛け登りました。あんまり強くひっぱるものだから、
階段では私の足が宙に浮くのを感じながらも、
彼の背中を見つめていました。
踊り場を2回ほど通過し、向きを変えて上へ上へ向かいました。
屋上への重い扉を開ける頃には、私の腕がちぎれそうなくらい痛かった。
それほど彼は私の腕を強く掴んでくれました。
屋上の鉄の扉を開けると、外光が差し込み、彼の姿が影となりクッキリ浮かび上がったのを、
今でも覚えています。
その時彼が私のほうに振返ったのですが、
逆光で彼のそのときの表情は見えませんでした。
額にかかった前髪が茶色に透けていたこと、
ツンととがった形の良い鼻の形のシルエット・・・。
それだけで十分。
屋上に昇り切った後も、彼は私の腕を掴んだままでした。
ふたりでフェンスの側に近寄った頃には、
地震が治まっていた。
それからしばらく、無言で肩を並べて街並みを眺めていました。
- 12 名前:アバン 投稿日:03/01/15 16:53
- 上までが数日前までの書込みです。
なんだかこのスレ落ち着きます。
自分で言うのもなんだけど、まるで自分の古い部屋にいるようです。
彼との出会いについて書きたいと思います。
私と彼は働く場所は違いますが、いちおう社内恋愛なんです。
これが恋愛だと思っているのは、私のほうだけかも知れないけれど・・・。
靴を作る関係の会社で、
彼は現場(工場)で働いていたんです。
私は製品を作るための材料を注文する事務職でした。
だから工場へ顔を出す機会はあり、工員の彼を知ってはいました。
私は大学を卒業してからの就職だったので、
彼とは同い年でも、彼のほうが4年先輩でした。
同い年だとわかったのは、入社して半年後くらいからでしょうか。
私は彼が同じ年と言うだけで、特別な存在に思えてきました。
事務職には40代から50代のおばさんが多く、
独身男性も少なかったので、若い工員がいる工場へ行くのが楽しみになりました。
- 13 名前:アバン 投稿日:03/01/15 17:01
- 当時はハウスマヌカンのファッションが流行っていて、
私もその一人だったと思う。
とにかく上から下まで真っ黒の服装でした。
髪の毛も黒でした。今のように染めるだなんて、思ってもみなかった。
でもその会社では、あの紺色の事務服を着るのが決まりでした。
あのスモックのような形のものです。
それを着てる私を見られるのは。恥ずかしかったです。
工員の方々はみんな同じベージュ色の作業衣の上下と作業帽でした。
当時サントリーのCMで、西洋人の工員たちを撮影した素敵な映像があったので、
その若い工員たちも、素敵に見えたもので、かっこいいと思っていたのです。
その彼もどちらかと言えば、背が高く、堀が深い西洋人的な容姿をしていました。
- 14 名前:アバン投稿日:03/01/15 17:16
- 彼と初めて言葉を交わしたのは社員食堂だったと思います。
お昼のサイレンがなると、工場から大勢の人たちが食堂に流れ込んで来るんです。
工場の機械のオイルの臭い、塗料のシンナーの臭い、
ガソリンくさい臭いや、おばちゃんたちの化粧の臭い、
それに汗をかいた工員たちの体臭で、蛍光灯が点る薄暗い食堂は、
天井が高くても、いろいろな臭いが混じって、複雑でした。
でも天婦羅うどんの天婦羅に臭いや、
固くてボソボソしたラーメンのスープの臭いも混ざってくるけれど、
お腹が空いているから、複雑な臭いのことは気にならなくなり、
昼ご飯のメニューの臭いのほうが勝ってくるんです。
そんな社員食堂で、彼が座る席は決っていました。
一番人気があるテーブルは、真ん中の柱の高い位置に取りつけられた、
小型カラーテレビの下でした。
他の女子社員とおしゃべりに夢中だった私は、
何の番組かはわかりませんが、NHKの番組だったと思う。
その一番人気に集まって来るのは、三角巾を被った、工場のおばちゃんたちです。
ドラマには齧り付くように見て、
笑う部分ではみんな一斉に笑いました。
彼はそこから遠く離れた、隅のほうで、背中を向けるように座り、
背中を丸めて、黙々と昼食をとっていました。
回りには同じ場所で働く工員がいましたが、
誰とも会話をしない様子でした。
私は彼を観察していたんです。
工場でも社員食堂でも、帰宅時も・・・。
工場から流れ出る人混みの中で彼を探していました。
関係ないこと長くなってすみません。
でも書かせてください。
- 15 名前:アバン投稿日:03/01/15 17:37
- 今日は彼と話した最初の会話しか書く時間がなくなってしまいました。
つまらないことなんです・・・。
なんで事務職の私が現場の人の仕事を手伝わなければならないのか?
って、当時は不満にも思っていましたが、
私は労働組合のつながりの関係から、
よく雑用係として重宝されていました。
それに現場の若い独身男性とも話をする機会があると思うと、
そんなことも苦にはならなかった。
「○○工場長に赤ちゃんが産まれるので、カンパお願いします。」
って、私は友人とふたりで茶封筒にお金を集め歩いていたんです。
彼は友達もいないみたいだし、つきあいなんかもしないような人に見えて、
断られるか、最悪の場合は無視されると思っていたのですが、
彼だけを避けるワケには行かずに、恐る恐る頼みました。
のびたような蕎麦をすすってる箸を置いて、
作業ズボンの後ポケットから財布を出してくれたときは、
張り詰めていたものから解放されたような気がして、
私は飛び上がるほどうれしくて、心が踊った。
「何を買ったらいいと思いますか?」って調子にのって聞いた。
どうしても視線を合わせたかったから・・・。
「工場長に聞いたら。」と彼が答えると同時に一瞬だけ目が合った。
その一瞬から、何かが私の心に芽生えました。
彼の瞳は暗い深い茶色で透明だった。
(ため息)
- 16 名前:アバン投稿日:03/01/15 17:46
- ごめんなさい。
今日はここまでにしておきます。
彼との想い出を心に秘めながら、
私は今、普通に結婚し、普通の家族を持つ主婦なのです。
結婚相手には結婚生活にはふさわしい男性を選び、
幸せと言えば、幸せのような生活をおくっています。
それでは、また。
あまり文章が上手じゃなくてごめんなさい。
なんか自分のために書いてるみたいで、ごめん。
- 17 名前:夢見る名無しさん投稿日:03/01/15 18:05
- いや、面白い。
趣がある。
続きキボン。じゃなくて書いてくださいw
- 18 名前:プリン体投稿日:03/01/15 19:55
- >>17
ハゲドウです。
小説を読んでいるみたい。
アバンさん、続きも楽しみにしています。
- 19 名前:409投稿日:03/01/15 20:36
- また、楽しみにしてますよ!
- 20 名前:409投稿日:03/01/15 20:38
- ごめんあげちゃった。
- 21 名前:きのこ野郎投稿日:03/01/15 21:14
- 仕事中なのに夢中で読んでしまった。
何となく背景がセピア
その世界にいるように引き込まれてしまう
続きを楽しみにしています
- 22 名前:アバン投稿日:03/01/16 00:34
- >17さん、18さん、409さん、きのこ野郎さん。
この部屋を訪ねてくれてありがとう。
誰も知らない、私の部屋です。夫にももちろん内緒です。
今日は夫が出張なので、少し書込むチャンスだと思います。
ひっそりと、ささやかに、このスレに書込んでいきたいと思います。
- 23 名前:アバン投稿日:03/01/16 00:35
- 15からの続きを書きます。
工場長の赤ちゃんのお祝いのためのカンパ。
その手伝いがきっかけとなり、
私は工場長を始めとする、現場の工員たちと仲良くなっていきました。
工場は女性が少ないせいか、私が仕事の関係で工場へ立ち寄ると、
工員たちに進んで話しかけられる機会が多くなった。
食堂ででも、売店ででも、気軽に工員たちと話すことができるようになっていました。
でもあの彼だけとは、気軽に話すこと、そばに近寄ることさへ難しい状態でした。
いつも他の工員から離れて、単独で行動していたからです。
評判は悪くも良くもなく・・・。と言っても彼が話題に上ることは、ありませんでした。
工場での彼は黙々と自分の仕事をこなし、定時になれば、いつもまにかいなくなってる。
そんな感じの彼だったんです。
彼は他の人たちとはどこかが違い、小きれいでした。
作業衣が少し汚れていても、風呂あがりのような清潔な感じを受けました。
変な表現だけれど・・・。
彼は色がほどよく白く、肌がきれいだったせいでしょう。
少し茶色かかった髪の毛は、サラサラとしていて、まとわりついてくることがない。
どこか冷たく凍って乾燥しているところが、サラサラの砂のよう。
それが彼全体の姿を象徴していました。
みんなと同じ作業衣を着ていても、どこかが違う。
セクシー・・・男の色気を感じました。
他の女性も、彼のこの不思議な色気に気がついていたのでしょうか。
近寄りがたい存在。その壁が多くの女性を近づけなかったのだと思う。
私も彼を遠くから、「きれいな、魅力的な男性」として
憧れて、姿を追うしかありませんでした。
- 24 名前:アバン投稿日:03/01/16 01:10
- 私と彼が働いていた会社の工場はとても古く、
床が板でできていたんです。
それも年代もので、木目が浮き出し、見事につるつるに滑かになっていました。
工場の機械も何度もペンキを塗り替えたもので、ペンキの臭いもするんです。
「安全第一」と掲げられた看板が嫌でも目に入って来る。
そんな工場全体の雰囲気が当時は大嫌いでした。
「時代遅れ」それは私にとって致命的でした。
あの紺色の事務服も、たまらなく嫌でたまらなかった。
他の女子事務員が着てる事務服を見て、自分もそんな姿なのか・・・。
あの事務服を配給されたときも、目の前が真っ暗になった。
「明日から毎日、これを着る。」絶望的でした。
最初からこの調子だったものだから、会社を辞めることばかり考えていた。
でも人間関係は最高に良かった。工場町や上司からも可愛がられていたと思う。
同期の女子社員とのおしゃべりも楽しかった。
工場の独身男性たちとも仲良くなっていた。
- 25 名前:アバン投稿日:03/01/16 01:26
- そんな私が彼と再び会話したのは、仕事で工場へ入った時でした。
靴に使う小さな部品が入れてある箱があるんですけれど、
それは何十年も使われているようで、
昔っぽいデザインのお菓子缶だったりするんです。
その中の部品の数をかぞえ、いつも一定の数にしておくのも私の仕事でした。
工場へ入ると彼が黙々と、決まった場所で仕事をこなしていました。
それで私は、わざと彼に話しかけました。
他の工員たちに話しかけるように、気軽な感じを装って。
でも心臓はドキドキでした。口から心臓が飛び出してしまいそうになるほど。
内容も業務的な事でした。
あの缶が見当たらないので、どこにあるのか聞いたんです。
本当に、あの缶が探し出せなかった。
彼の話によると、最後にあの缶の部品を使ったのは自分だと言う。
あの缶がなくなったのは自分が悪いと思ったらしく、
彼は仕事の手を休め、一緒になって古い菓子缶を探してくれました。
責任感が強い人。真面目な人なんだと思うと安心した。
その時、あの菓子缶は、なかなか見つからなかった。
定時のサイレンが鳴って、工員たちは帰宅の準備にかかり、
工場からは人がいなくなって行きました。
私は申し訳なく「明日でいいです。」と言ったのですが、
自分が最後に使ったということが、気になるから。
と言う理由で、探し続けてくれたんです。
工場の機械はもうすでに止まっていて、静になっていました。
ガタゴトガタゴトと物をひっくり返す音だけが響きました。
彼は始終無言だったので、私も無言で探し続けていた。
長い時間そうしていたけれど、結局見つからなくて。
夕焼けがね、夕日が差し込んできて、
日が暮れて行く寸前って、とても物悲しいでしょ。
そんな時間をあの彼と一緒にいたんです。
心なんて始めから通じていなかったんです。
もちろんあの時も。最初から別々に存在していたんです。
- 26 名前:アバン投稿日:03/01/16 01:50
- 缶は結局見つけることができなかった。
日がとっぷりと暮れて、工場構内の外灯がポツポツつき始めました。
淋しい夕暮れから夜への時間を、ガランとした淋しい工場内で、
ふたりで過ごした時間。それが私にとっては激しい片恋の始まりでした。
胸が締め付けられる気持ち、それは苦しかったです。
心臓が激しく鼓動し、それに耐えられるかどうか心配でした。
そんな心をかかえたまま、私は帰途につきました。
あんなに嫌がっていた工場が、大切な場所へと変わっていきました。
守衛さんに挨拶をして工場の門を出ようとしたら、
黒い皮ジャンの私服に着替えた彼が、足早でこちらへ向かって来ました。
駅まで送るから駐車場まで来てくれ。と言うのです。
バスも定時をすぎると極端に少なくなるので、彼に従うことにしました。
彼が歩くのが速くて速くて、長い足で大股にどんどん進んで行くのです。
私は小走りについて行くのがやっとでした。
駐車場の車は数えるほどになっていました。
古い型だけれどよく手入れされた白いカリーナが、彼の車でした。
その日がカリーナに乗せられた最初の日です。
- 27 名前:アバン投稿日:03/01/16 02:21
- 古い工場に差し込む夕焼けから、
グラデーションのように日が暮れてしまうまでの時間と空間。
彼もその淋しい時間を愛していたんだと思う。
そういうものが彼は好きなんだ。
そこに共存していた私は、特別の存在かも知れない。
そこに存在した私はオブジェとして愛された。固体として愛された。
彼の価値観によって、私が人間であることは否定され、
でも私が女であることは、彼にとって都合が良かったんだと思う。
2年半の間、彼と一緒にいて、わかりすぎるくらいわかっていたこと。
彼にとっては恋愛じゃない。最初からそうでした。
でも彼が私にしたこと、それが私をますます狂わせました。
初めて彼のカリーナに乗せられた頃はすでに、私の辞職届けは受理されました。
駅までの数十分、無言なことが多かったのですが、
彼はそれは気にならないようでした。でも私には耐えられなくて・・・。
会社を辞めることについて話したのです。
今思えば、それも彼にとっては良い条件だったと思います。
駅まで送ってもらい、私は家路につきました。
数週間後、仕事が終わった後、社員食堂で私の送別会がありました。
缶ビール、ジュース、さきいかやサラミ、近くのスーパーで買ったパック寿司、
同僚のおばちゃんが漬けてわざわざ持って来てくれた浅漬け。
ささやかで、地味な送別会でした。おしゃれじゃないけど、暖かな気持ちで送られました。
- 28 名前:アバン投稿日:03/01/16 03:02
- 食堂での送別会は終わり、
独身社員の有志は繁華街での二次会へと流れることに。
私としてはこの会社を去るにあたり、心に残ってるものがありました。
窓から夕日が差し込んできたあの日の工場の中です。
彼とふたりで、部品の缶を探していたときのあの雰囲気。
もう一度だけ味わいたくて、ロッカールームへ行く前に工場へ立ち寄りました。
雨が降り出しそうな曇り空で、夕焼けではない。
いつものように、スリッパに履替えて、
(病院の待合室にあるようなスリッパで、これも会社がイヤな原因のひとつ)
滑りが悪くなってる引戸を開けて、工場内に入ると、
ペンキの臭いと機械に臭いが、すでに懐かしく思われました。
誰かが廊下を歩いて来る気配がして、同時に工場内の電灯が一斉についてまた消えました。
びっくりして振返ると、微笑んでる引戸の外に彼が立っていました。
私を見て、彼が微笑んでる。私はその初めて見る表情に、ますます彼が好きになっていく。
どしたの?の彼の質問に、ちょっと・・・。としか答えられなかった。
- 29 名前:アバン投稿日:03/01/16 03:02
- 外も暗くなって来ているし、工場内も暗くなっていた。
それでもこの前夕日が差し込んでいた窓から、私は外を眺めていました。
彼は自然に私の隣に来て、雨になるかも。とポツリと言った。
うん。と言ったきり、私は言葉が出なかった。
苦しかった。心臓から、肺から、気管から、喉元まで、苦しかった。
耳も痛いような気がしたし、目の前が真っ暗になってきた。
体も震えてるような気がしたし、実際は震えていなかったんだと思うけれど、
頭がくらくらして貧血を起しそうなくらいに、ドキドキして言葉が出なかった。
体が動かなくて、何を考えているのかわからなくなった時に、
こ、声も出せなくなっていた時に、その瞬間、彼の唇が私に触れました。
サラサラとした唇で、なめらかで冷たかった。
それから数秒間、私はまだまだ動けなかった。
ふわりと体が宙に浮いたようになり、一瞬意識が遠退いた感じでした。
耳鳴りのような感覚も治まり、我に返ったと同時に、彼の唇が離れて行った。
それはゆっくりとゆっくりと、スローモーションのように、彼の顔が離れていきました。
事務服とスリッパなのに・・・。とワケのない独り言をつぶやいた私の心臓は、
その時も張り裂けそうだった。いつ倒れてもおかしくないけど、私はがんばって立っていました。
- 30 名前:アバン投稿日:03/01/16 03:18
- 事務服が着こなせる人はそうはいない。
よく似合っていたと思う。
彼は窓に向き直ると、そう言いました。
彼が私に対して、本当に数少ない肯定的な言葉の最初でした。
ドライブに行こう。
その「ドライブ」それこそが、廃虚をめぐる生活への第一歩でした。
今日はずいぶんと書込んでつかれてしまいました。
一度寝ます。おやすみなさい。
- 31 名前:夢見る名無しさん投稿日:03/01/16 04:40
- とても惹かれる話です。
これから楽しみだ。
- 32 名前:夢見る名無しさん投稿日:03/01/16 05:04
- ため息の連続。こちらまで胸がキューンとなって来る。
- 33 名前:きのこ野郎投稿日:03/01/16 06:17
- すごく引き込まれる
まるで自分がその場所で見ていたような
そんな錯覚にさえ陥ってしまう
続きが楽しみです
- 34 名前:夢見る名無しさん投稿日:03/01/16 08:34
- 誰もいない暗い工場での接吻。
自分なりの工場の風景が浮かんで来る。
- 35 名前:夢見る名無しさん投稿日:03/01/16 08:42
- 才能ないよ君…やめれ
- 36 名前:夢見る名無しさん投稿日:03/01/16 09:04
- >アバンさん。
私はきっとアバンさんと同年代だと思う。
>>29 での彼とのキスの表現、かなりわかる。
もしかしてファーストキス?
私のファーストキスの時と同じ感じかただったから。
中学2年の時に、市の中学の野球大会でした。
ファーストキスはドキドキしますよね。
あのときめきが懐かしい・・・。
- 37 名前:夢見る名無しさん投稿日:03/01/16 11:27
- いいと思うんだけど、
sageで書いてくれないか?
- 38 名前:夢見る名無しさん投稿日:03/01/16 11:38
- sage
- 39 名前:さげ投稿日:03/01/16 12:00
- イイ!ゆっくりと取りこぼしが無いようにお願いスマス。
- 40 名前:アバン 投稿日:03/01/16 14:43
- 私のつたない文章を読みに来てくださって、本当にありがとうございます。
過去の想い出が、この現実の中で、私の中で息づいている。
まるで白昼夢のようで、場合によっては私の心はこの白昼夢に支配されてるような気がします。
見慣れた工場で、彼からの突然のキス。
あれは私のファーストキスではありません。(36さんの質問)
大学時代に4年間つきあった、恋人がいました。
私にしてみれば、その恋人とのキスよりも、工場で彼からされたキスのほうが、
何倍も、何百倍も衝撃的でした。
予測できなかったし、全く期待も何もしていませんでしたから。
無職になった私は毎日が休みとなりました。
実家が田舎にあるため、私は大学時代から独り暮らしでした。
彼とのつきあいが始まってからは、
自分の部屋に帰ることがほとんどなくなっていました。
廃虚か、彼のアパートに泊まり込んでいたからです。
- 41 名前:アバン投稿日:03/01/16 15:03
- 最初のドライブは高速で隣の県に向いました。
助手席に乗り込むと、彼のほうから彼独特の香りがしてきます。
コロンや整髪料とは違った、もっと自然な清潔感がある香りなんです。
彼の体そのものから放たれる香りだと感じました。
キスをされ頭の中は朦朧としていましたが、
彼の顔が近づいて来たときに、香ってきた香りと同じ。
その香りに包まれている、私は彼の女。と、世間に自慢したかった。
車の中での彼は無言だった。
私は右手を差し伸べて、彼の左ひざに手を置いた。
その手をそっと握ってくれることを、予想してたのですが、
彼は慌てて左足をずらし、私の手を振りほどいた。
何する?と驚いて、私を一瞬にらみました。
恋人同士だったら、車の中で手を握り合ったりするものだと、
昔の経験からそういうものだと、決めつけていた私だったのです。
恋の始まりの甘い空気はそこになかった。
でも彼から放たれる、その香りに私は陶酔させられてしまいました。
もう離れられないかも・・・。
- 42 名前:409投稿日:03/01/16 15:20
- 今日はたくさん読めてすごく幸せです。
- 43 名前:409投稿日:03/01/16 15:27
- 私もアバンさんと同じ年代。(ちょい年代下?)
1980年代の雰囲気がなんとなく感じられてうれしい。
古い工場マニアなので、工場の場面にも感動しました。
彼の存在もすごく謎めいていておもしろいです。
- 44 名前:アバン投稿日:03/01/16 15:40
- 彼には彼だけの世界があったようです。
助手席に座っていたって、その世界へ近づけたことにはならない。
私は最初、その距離感が理解できず傷付いた。
それには、彼も気がついていたはずでした。
最初のドライブで隣の県から地元に帰って来ると、
自分はこれから行くところがある。と、私に言いました。
今日はもう帰れ。という意味が含まれているのか、微妙な表現。
私は無言で抵抗したんです。一緒に連れて行ってとは言えなかった。
彼も無言で車を走らせ、その市街地を北のほうへ向った。
迷路を縫うように車を走らせ、古い町へ出ました。
2件づつ繋がった所謂長屋と呼ばれる家屋が数個、
線路沿いに等間隔で連なっているのです。
一軒の長屋事に膝の高さの木製のフェンスが取りつけてあったようで、
その名残が残っていました。
2件の長屋の真ん中には、井戸がありました。
その長屋群から少し離れた所に車を止めて、
自分はここで降りる。と彼が言う。
私を誘う言葉を期待したけどそれもないんです。
彼は勝手に車を降りたので、私は慌てて追った。
足速に長屋のほうへ向って大股歩いて行く彼。
私は走らなければ、間に合わなかった。
歩いている最中の彼の両手はジーンズのポケットの中で・・・。
私の差し伸べられる手は残っていなかった。
歩くのが速い。と文句を言ったけど、振返られることもなかった。
でも工場でキスをされたという事実が私を動かしていました。
- 45 名前:アバン投稿日:03/01/16 15:49
- >409
私も今日はたくさん書込めてすごく幸せです。
そうですね、工場での出来事は1980年代前半の出来事です。
私が勤めていた会社の工場も、古かったんですよ。
もう取り壊されてなくなってしまいました。
お湯が出なくて、冬のお茶碗洗いはきつかった。
工場の敷地内にはお風呂もあったんです。
工員の人たちが一風呂浴びて帰るためです。
- 46 名前:アバン投稿日:03/01/16 16:21
- 彼との話に戻ります。
彼はその中の一軒に迷わず入って行きました。
戸惑いもなく戸を開けて中に入って行ったので、私も彼について中に入りました。
なにこれ・・・。って感じでした。私は・・・。
なんとも言えない臭い。これは土壁の臭なのか、
便所の臭いも混じっているような・・・。
そこが彼と始まった廃虚生活の最初の場所です。
線路側にある、せまい玄関の左側には流しだけの台所があり、6畳一部屋。
玄関から向って右側には押し入れ、その手前には小さな箪笥。
玄関の正面には窓があり、その窓から井戸が見えました。
窓にかかったブラウンの厚手の布でできたカーテンは、
壷のような形をした幾何学連続模様でした。
いちおう太陽は当りました。
カーテンを触ると、カーテンが動き、溜っていたホコリが光りの中で舞い上がる。
畳の上には緑色の柄が入った、畳でできたカーペットが敷いてありました。
ござとも言いますが、プラスチックで編んだ畳です。
彼が押し入れを開けると、部屋中に黴クサさが漂って来ました。
箪笥の一番上の引き出しには、蚊取り線香の箱に小銭が残っていた。
その他には絡まってしまった針金製の弾力がある櫛というか、ヘアバンドと言うか。
- 47 名前:廃ファン投稿日:03/01/16 16:38
- アバンさんの文章はとても読みやすくて、引き込まれてしまいます。
自分でサイトを作ってコンテンツにしたらいいんじゃないですか?
今後の更新も楽しみにしています。
- 48 名前:アバン 投稿日:03/01/16 16:55
- 再び夕暮れどきが来て。
彼とふたりだけで過ごす夕暮れどきを、私は待っていたような気がしました。
世間からかけ離れた空間が私と彼に開かれた。
彼はそこの住人のように、畳カーペットの上にその体を横たえたんです。
天井には染みがあって、電灯の傘はなくなっていて、裸電球がぶらさがっていて。
つくのかな?の私の問いかけに、つかないよ。と語り、彼は目を閉じた。
初めて見る彼の寝顔。きれいだった。無防備だった。
よくあるドラマのように、好きな人の寝顔にキスをすることも頭をよぎる。
そんな軽薄な行為は、廃虚には似つかわしくない。
前の住人が残して行った、あの絡み付いた櫛のひとつひとつ丁寧にほぐしていた。
寝顔を隠すように寝返りを打った、彼の枕元に崩した正座でしゃがみこみ、
コツコツと絡まった櫛をほどく作業に専念した。
どこからか魚を醤油で煮ている香りが漂って来て、なんとも言えない気持ちでした。
母親たちが、外で遊ぶ子供たちを呼びに来てくれる夕暮れ時なんだ・・・。と。
- 49 名前:アバン投稿日:03/01/16 17:02
- >47さん
難しい文章が書けないもので・・・。
思いだし思いだし記憶を辿りながら、夢中で書いてます。
すみません。誤字にも気がつかないのも困ってしまうけれど。
本当に誤字多くても、読みやすいのかなあと思って。
書いているうちに、自分があの時代に生きているような、
不思議な気持ちになって来るんです。
あのような経験をした自分を再現したくて。
自分の人生の中で、いろいろな思いが凝縮されたおもしろい時代でした。
良いか悪いかは別としてね。
でもそろそろ現実の世界に戻らなければ・・・。
- 50 名前:さげ投稿日:03/01/16 23:04
- 醤油の煮魚、、、 暗い部屋でただよう、、なんか懐かしい切なさを味わいました。
現実に影響ないように書いて行ってくださいー。
- 51 名前:アバン 投稿日:03/01/17 01:22
- 夕餉の支度の気配。
魚を煮る臭いは線路を挟んだ別の側にある、アパート群から。
静かだったその長屋の周りも、電車や車の数も多くなり賑やかになって・・・。
それにしても電車の音が怖いくらい大きい。振動でガラスが揺れる音もうるさいし。
電車が通り過ぎる時に、流しでは何かと何かがぶつかり合う、
聞こえそうで聞こえないような金属音も気になるし。
彼は私に背を向けて熟睡している。
そのうち強烈な睡魔に襲われた。私は彼の背中におでこをつけて、
体を丸めたのは覚えているのですが、それからしばらく眠ってしまったようです。
(トイレ・・・。トイレなんだけど・・・。)
トイレを使いたくて、目が覚めると、夜になっていて、でも彼は相変わらず同じ体の向きで寝ている。
体じゅうが痛くて、頭も痛かった。
電灯がつかないけど、外灯の光りが部屋に差し込んでいました。
彼を揺り起し、トイレ・・・って。外に共同トイレがあると言う。
一緒に外に出た。寒かった。彼は暗いトイレに慣れていると言う。
長屋の東側に直方体の細長い建物があり、そこがトイレだと言う。
私はどしてもそこの便所は使えなかった。
24時間交通量が多い、大きな通りに出て、その一角にあるコンビニのトイレを使った。
その通りに出るまで、何本かの白い外灯の下を彼とふたりで歩きました。
外灯を通り過ぎる度に、アスファルトに二人の影が映り過ぎていく。
相変わらず彼は無言でした。
私はそれでいいんだと思うと、その静けさが心地良くなっていました。
ただただ彼と私の影だけを見ていて、この影の形は一生忘れないと決めた。
それだから、今でもその時の影の形を思い浮べることができる。
少し雨が降っていたようで、道路が少し濡れていたんです。
全然気がつきませんでした。結局、私も熟睡していたんですね。
私は匂いに敏感で、その時の雨の匂いにも忘れられないんです。
- 52 名前:409投稿日:03/01/17 02:16
- うれしい。寝る前にもいっかい見たら、続きが読めました。
食欲とかなさそうな彼ですが、ご飯などどうされていたんでしょうか。
- 53 名前:アバン投稿日:03/01/17 02:22
- その当時コンビニエンスストアの数が少なく、私と彼は幸運でした。
少し歩けば、コンビニがあった。
トイレを借りに立ち寄ったそこには、日常の華やかな生活があり、
雑誌を選んでいる仕事帰りのスーツ姿のサラリーマンや、
ヘルメット片手の学生さん風な人を見て、ホッとしたんです。
つい最近までは、私もこの人たちと同じだったのでした。
彼はそこで歯ブラシや歯磨き粉、タオルなどの少しの日常品を見ていた。
どうする?と私に聞くので、軽くうなずいたら、彼は無造作に私の分も手に取ってくれた。
メロンパンや数個のおにぎり、熱い缶コーヒー、ささやかな夜食も買い出しました。
それからまた白い外灯の下を通り、長屋に戻りました。
コンビニを明としたら、戻った長屋は闇。
外から入って来る外灯の灯りの下で、彼は押し入れを開けて布団を引き出した。
バフっと畳の上に引きずり出された布団から黴のニオイ。
湿っていて冷たそうで、第一誰が使ったかもわからない布団だし使いたくない。
心細い・・・彼と一緒でもすごく心細い。
彼と一緒だからこそ、心細いし不安なんだ。心が寒かったです。
どうして、やっぱりイヤだった。暖かいフカフカのベッドが良い。
どうして、私はここにいるんだろう。帰りたい帰りたい帰りたい。
淋しい淋しい淋しい、世間から私たちは忘れられていると思うと涙出ました。
ホームシック?今の時間帯ならテレビの前で好きなドラマとか見て、
おもしろ可笑しく一人で笑っているんだ。
ひとりで気楽に缶ビールなんか飲んでいるんだ。
- 54 名前:アバン投稿日:03/01/17 02:23
- 極めつけは足長蜘蛛で、長屋の畳カーペットの上をゆらゆら歩いている。
足が細長くて見えないもんだから、蜘蛛の太った胴の部分だけが浮いているように見える。
もうダメだ。こらえてもこらえても涙が出てくる。
目の当りがカーっと熱くなり、泣いてはダメだと思ったら、鼻の上がツーンと痛くなって来て・・・。
私は泣かなかったけれど、濃い涙が出て来た。
いったいどうしてどうして、頭の中が疑問だらけで、
それまで平然なふうを装っていたけれど、涙が出てきて止まらなかった。
涙で顔が痒くなって来て、それを手の甲で何度も拭った。
ハンカチなんか使ったら、泣いてる自分を認めそうだったから。
思い切り強がって、ふんばった。
送ろうか?と聞かれたけれど、首を思い切り横に振りました。
彼が車のトランクから毛布を持って来た。
私は、多少ホコリ臭いけれど乾燥した毛布を使い。彼は黴臭い布団を使いました。
頭の中が疑問だらけでも、今までこの長屋にいても、それまで質問できなかった。
そこが私って他の人と違うところなんだとも思う。
ここなに?って、毛布にくるまって落ち着いた頃に、彼に質問しました。
- 55 名前:アバン投稿日:03/01/17 02:30
- >409
すいぶん遅くまで起きているんですね。って、私もか・・・。
食事は簡単なものなら、七輪を使ってそこで煮炊きしました。
カレーとか豚汁おでんとかなら、材料入れて煮るだけだし。
コンビニから買ってくることもあったし、
私がパートで働いていた近所のスーパーの、惣菜ご奉仕品とかも便利でした。
ご奉仕品が売れ残ると私が持って帰りました。
- 56 名前:アバン投稿日:03/01/17 03:12
- 彼は私の質問の内容に対して、断片的に答えてくれました。
ここへ来たことがある?ある。
何故ここを知っているの?子供の頃に来てた。
いったいここは誰の家だったの?親戚。
それでも疑問は消えなくて・・・。
彼はいつも多くを語ろうとはしないので、
私も深くは追求しなかった。でも彼のほうからポツリポツリと話てくれることがある。
まとめるとこのようになると思うんです。
(私の推測も入って、本当のところはわかりませんが。)
- 57 名前:アバン投稿日:03/01/17 03:13
- 彼が子供の頃、昭和40年代にこの近くのアパートに住んでいたそうなんです。
彼は必要以上に口数が少なくて、おとなしい男の子だったらしいんです。
それは当時の彼からも十分に想像できました。
放課後、一緒に遊ぶ友達を作りたくなかったらしい。
いつも家でひとりで遊んでいる彼を、母親は毎日毎日叱ったらしい。
天気が良い日は、外で遊びなさい。友達と遊びなさい。
そこで彼はこの長屋の住人であった、おばあさんのところに遊びに来ることになったそうです。
そのおばあさんは、彼のひいおばあさんの姉妹にあたる人だったそうです。
当時のおばあさんは80代で、ひとりで暮らしていた。
彼はそこへ行って、何をするでもなく、ただ座っていたそうです。
キュウリの古漬のお茶漬をよくご馳走になったらしい。
長屋の前にある膝の高さのフェンスは、白いペンキが新しくて、
そのフェンスがあるところが、おばあさんの家の目印だとも・・・。
箪笥の一番上の引き出しに残っている、蚊取り線香の空き箱の小銭も、
おばあさんが銭湯に行くときに、使うためだったとも言ってました。
時々おばあさんは、子供の彼に、
黒い眼鏡をかけた怖いおじちゃんが来るから、今日はもう帰りな。
明日もあさっても来るから、来ないで。
と言っていたらしい。
子供の頃の彼は、それが怖くて、そういう日はこの長屋に近寄らなかった。
そのおばあさんには結婚した息子がいて、どこかに住んでいるらしい。
「黒い眼鏡をかけた怖いおじちゃん」と言うのは、その息子のことかも知れないって。
- 58 名前:アバン投稿日:03/01/17 03:48
- 彼はその後、この近くのアパートをを引っ越し、
それ以来、この長屋の住人であるおばあさんとも会っていないと。
免許を取得し、就職して車を買い、自由自在にどこへでも行けるようになった頃、
再びこの長屋がある場所に来てみた。
迷うことなく玄関側に周り、扉を開けた。鍵は壊れていたらしく簡単に開いたって。
本当かな?
それから時々、車でこの前を通るようになった。
時々ここで時間を費やしたとも。泊まったこともあったとも。
ひとりで?
って聞いたら。少し間があって、うん。と言った。
直感で、女。いたんだな、って思った。
それはそう。彼に魅了された女性は私だけではない。
壁があったとしても、近づき難いからこそ、
その壁を乗り越えてくる女性もいるはず。
その幸運で強引で選ばれた何人かの女性が、彼の上を通り過ぎた。
嫉妬と言うよりも、今は私の順番って言う感じでした。
- 59 名前:夢見る名無しさん投稿日:03/01/17 04:11
- ここおもしろいよ。
次々更新するから、眠れねーじゃんかよ!!
- 60 名前:夢見る名無しさん投稿日:03/01/17 04:32
- この人のレスを読んで感じたものを、写真で表現したい
- 61 名前:アバン投稿日:03/01/17 07:04
- 私は毛布。彼は布団。少しだけ距離を置いて、
朝まで眠り、廃虚での第一夜が明けました。
その日は日曜日で、私たちは午後までのんびりしていた。
直接、朝日は入ってこないけれど、反射光が入って来て、
その部屋は柔らかで暖かい空気でいっぱいでした。
午後までのんびりしていたのに、
私たちの距離はそのままでした。夢一夜はなかった。
どんな環境にあろうと、そのようなチャンスを一度逃してしまうと、
難しいと思ってしまうのは、私のほうだけでしょうか・・・。
月曜の朝も同じ状態で迎えました。
驚いたことに、彼はそこから出勤して行きました。
彼は会社の帰りに、自分の家から着替えを持って来ると言います。
それも独り言のように、誰かに話しかけるふうでもなく。
・・・・・・・・・。
結局私もバスで自分のアパートに向い、着替えや日常品を持ち込んだ。
彼の出勤中に、居心地の良いように、掃除もしました。
彼からひとときも離れたくない。好きなんだから。私の順番なんだから。
必死でした。彼を手放したくないって。
私はリサイクルショップで自転車と、
70年代に流行した、ビニール製の洋服ダンスを買いました。
お風呂は近くの銭湯か、その頃流行り出したスパ。
- 62 名前:夢見る名無しさん投稿日:03/01/17 07:19
- アバンよ、君はいつ眠るんだい?
- 63 名前:アバン投稿日:03/01/17 09:54
- 私は近所のスーパーのレジのパートの仕事を始めた。
大学時代、レジの仕事のアルバイトをしていたので、すぐに雇ってくれました。
レジが2台しかない商店のようなスーパーでしたけれど、場所も近いし十分でした。
彼が会社に出かけた後、私もパートに出かけた。
夕方は彼が会社から帰って来る頃に、仕事を終わらせ て長屋へは一緒に帰った。
お互いに取り決めもしないのに、そのような日常のパターンができていました。
彼と一緒に廃虚に住んでみて、感じたこと。
それは彼が廃虚と異常に調和している。簡単に言えば、似合っている。
溶け込んでいる。違和感がない。
もし、私が300号のキャンバスに油絵の大作を描くとして。
私の全身全霊をかける作品を描くのなら・・・。
主題は壮大な廃虚の建物。奥行きがある、天井が高い空間。
瓦礫で空気が白く濁っていて、壊れた窓から差し込む光りが、空気に柔らかなラインを浮き立たせる。
最後に一人だけ、人間を描くのならば、迷わずに私は彼を描く。
その作品の中に、私は描かれていません。
壮大な廃虚の中に立っているのは、彼一人だけなのです。
- 64 名前:アバン投稿日:03/01/17 09:57
- >60
人それぞれに浮かんで来る映像があるんでしょうね。
とてもリアルに。記憶って素晴らしいよね。
>62
大丈夫。ちゃんと寝ています。
夢中になると、ご飯食べないで書込むから、
お腹がぺこぺこになるときもあるんです。
- 65 名前:夢見る名無しさん 投稿日:03/01/17 15:02
- やっぱりアバンさんの綴る物語…いや記憶といった方があってるかもが好きだ。
情景と空気が浮かんでくるのがすごく(・∀・) イイ!!
それと上の方でsageでと書いている人がいるが、
メール欄にsageと書くと上がらなくなるのでひっそりと続ける方が
よいのならsage進行で書き込まれることをおすすめします。
- 66 名前:409投稿日:03/01/18 00:44
- あれから朝まで続きがあったんですね。
今日も堪能しました。
- 67 名前:アバン投稿日:03/01/18 07:03
- 誰もいない工場でキスをされて以来、2度目のキスはなかった。
彼と私は平行線で、毎日毎日、長屋で寝起きを共にし、
毎日毎日長屋へ帰って来るのに、互いを求めることもせずに一緒にいました。
私はどうだろう。私は彼の気持ちが読めなかった。読めてしまったら、私が惨めになるだけかも。
彼が執着しているのは、ここの長屋でに寝起き。私が執着しているのは、彼でした。
私はいつでも長屋を出ていくことができた。彼も止めなかっただろう。
第一、私は彼に誘われも、一度だってくどかれもいない。
答えを出すのはいつも私で、私の意志で長屋に住んでいたんです。
その長屋に住み始めて数ヵ月が過ぎた。
出かけて来る。と、彼。
彼が単独でどこかへ出かけたい時には、無言で長屋を出る。
でもその「出かけて来る。」と言う言葉には、
私も一緒に行っても良い。と言う意味が込められていたんです。
(なんだかずるいよね。)
着替え持って行こうかな。とまた独り言のようにつぶやく彼。
数日は長屋に帰らないドライブになると言うことで、
簡単な旅行の準備をして出かけた。
畳の上に置いた私のボストンバッグと彼の布製のバックパック。
彼がふたつの荷物をを両手に持って、長屋を出た。
私はいつものように、小走りに彼の後を追う。
- 68 名前:アバン投稿日:03/01/18 07:04
- 高速道路を何時間も走った。
話したり、話さなかったり。私はうとうとしたり、しなかったり。
助手席にいると、彼の香りがしてくる。
彼が少し汗ばんで来ると、彼のその匂いが香ってくる。
その香りの中で夢心地になるのは、まるで天国のようで、
幸せだった。限りなくその瞬間が幸せでした。
高速道路の休憩所では、その土地の名産品などもふたりで楽しみました。
傍から見れば、少し会話が少ない恋人同士だったのだろうと思う。
彼は私に行き先を告げなかった。私も聞かなかった。
私にとっては、ミステリーな小旅行。
その日は、目的の地に到着しなかったらしい。
高速を降りて、閑散とした通りに出た。信号待ちの車も少ない、静な町でした。
私にとっては初めての町。彼にとっては・・・わからない。
主な道路を外れて、小道へと入った。
いちおう舗装はされてるけど、車がすれ違うのがいっぱいいっぱい。
角を曲がるたびに道はどんどん狭くなって行く。とうとう砂利道になってしまった。
行く先に何か灯りが見えたと思ったら、木立にさえぎられた。
そし車が向きを変えて進んだら、またその灯りが見えた。
黄色をバックに紫文字で「ホテル・○○」。電気の看板だったんです。
彼は前に来たことがあるんだ。嫉妬・・・。はなかった。
なぜなら、彼は私の恋人ではないのだから。
私だってモーテルなら、昔の彼と何度でも行っている。
何度行っても飽きない。誤解しないでください。
部屋のインテリアが面白可笑しいから。
陳腐な素材を使って、いかに豪華に見せようかという努力。
何でもありの大胆な発想と工夫。大人の遊園地ですよね。
だから「ホテル・○○」に車が入っていった時も、遊園地に入園するような気分だった。
それも平屋で、木立に隠れてしまうようなホテルなんで、一度も入ったことがなかったんです。
- 69 名前:アバン投稿日:03/01/18 07:05
- ここに泊まる。
彼はいつものように独り言のようにを言うと、車を降りました。
どんどん進む彼に、私はいつものように着いて行くだけ。
入り口が一般家庭用のアルミサッシなんです。
明るい看板でできた、部屋見本の写真なんかあるはずがない。
曇りガラスのむこうに、おばちゃんがいて、無言で受け付けた。
鍵を受け取って、迷路みたいな廊下を進む。
狭い敷地なのに無理やり迷路にしているようで、2、3歩進んだら、すぐに曲がり角になった。
何度か角を曲がるのは、他のカップルに見えないための工夫なのかな?
意味がないなあと思いました。
部屋の扉を開ける時に妙にワクワクするのは、昔と変らなかった。相手が違うけれど。
扉を開けると、甘い柑橘系の香りがふわりと漂って来た。
電気をつけると天井には長い蛍光灯が、ジジジジ・・・ッパ、ッパ。と時間差で灯った。
工事現場に臨時に置かれた事務所の雰囲気。
だけれど床は毛並が長い深紅の絨毯で、多くの人に踏み付けられたらしく、ペタンコになっていた。
ベッドカバーも剥げかけた深紅のビロード。
だけれど、壁紙は高原の白樺林で・・・。このアンバランスさを私は見たかったのかも知れません。
興味深々で浴室を見るためにドアを開けると、
普通の湯船、そして特有の椅子がタイル床の真ん中に置いてありました。
心にさわさわと不安な風が吹いて、それが全身を覆った。
緊張しているような、でも力が抜けていくような、不思議な感覚で、居間のソファに腰掛けた。
彼は彼で部屋の中の小物、テーブルに置いてあるちらしを検索していた。
その夜私たちは同じベッドで寝ました。端と端。
私たちの間には、意識して作った、必要以上に巨大な空間がありました。
- 70 名前:アバン投稿日:03/01/18 07:05
- 身支度をして、ホテル・○○を出ました。
かなり早朝だったと思う。私たちがそのホテルで長居をするのは、意味がありません。
再び高速に乗って、何度か休憩所に立寄り、半日かけて私たちは土地から土地へと移動しました。
再び高速を降り、国道に入り、田園風景を、
森林を走り抜け、ゆるやか坂道をすべるように昇って行く。
つづら道をなん度も折り返し、気分が悪くなりかけた頃、彼は車を停めた。
歩く。彼は独り言のように言う。
気分悪いから。と、私が言うと、彼は自分のシートを倒して目を閉じてしまった。
私もシートを倒して、横になった。
同じ角度で倒したシート。右を見ると、近くに彼の横顔があった。
- 71 名前:夢見る名無しさん投稿日:03/01/18 07:25
- 昔の忘れられない恋。
綺麗だねぇ。
いつまでも綺麗。
誰にでもあるのかな。そんな恋。
- 72 名前:夢見る名無しさん投稿日:03/01/18 19:10
- >51
>私は匂いに敏感で、その時の雨の匂いにも忘れられないんです。
この一行を読んだとたん、せつなくてせつなくて
涙が溢れ出してしました。
文章を読んで泣いたのはいつ以来だろう…。
匂いは往々にして昔の記憶を鮮明に呼び起こしますよね。
アバンさんの語る独特な世界、大好きです。
続きを楽しみにしています。
- 73 名前:アバン 投稿日:03/01/19 01:24
- >71
片想いだったから、なおさら欲しい恋でした。
あの時は現在形も未来形もない恋だったけれど、
今となれば過去の恋のひとつに、堂々と数えられる。
私は忘れられなかったんです。おもしろすぎて、おもしろすぎて。
今現在は彼に感謝です。彼を讃えます。
素晴らしい冒険をありがとう・・・。って。
文章に残すことによって、忘れていた小さな出来事が、
思い出される。だから書き残しておきたい。
彼は今どこかで生きていると思う。
もう会うことはないけれど、確かに彼と過ごした時間はありました。
>72
雨の匂いってなんなんだろうね。
今でも昔でも同じ匂いですよね。
だから雨が降る夜には、必ずあの外灯の下を思い出すんです。
自動的に思い出す。彼とのことはたくさん思い出します。
- 74 名前:アバン投稿日:03/01/19 01:30
- ホテルのダブルベッドで熟睡することは難しかった。
反対側の端に寝ている彼が、寝返りを打つと、
ベッドがボヨンと揺れて、その度に目が冴えるんです。
きっと彼も眠れなかったんだと思う。
私たちは車の中で、共に浅い眠りに入ろうとしていました。
空がめずらしく青いけれど、彼に青空は似合わないよなあ。
そんなことを考えながら、
彼の静かな寝息に、自分の呼吸を重ねた。
ねむーくねむーくなって、力が抜けて、体が浮いている感じになりました。
私はそのまま宙に浮き、車の窓を通り抜けたような感じ。
空に向かい翔くように泳いだら、飛べた。楽しい!!
カリーナを上から眺める。森を上から眺める。
線路が見えて、電車が通りすぎた。
長屋が見える。フェンスが白い。
井戸で、おばあさんが洗濯をしている。
金たらいに、洗濯板。ぷくりと太った手が赤くて、しわしわ。
掛け布団を洗っている。不自然だけれど夢だから。
私は空中旋回して、おばあさんの真上を飛ぶ。
おばあさんは布団を、物干し竿にかけながら、私を見上げる。
玉のような、ピカピカの肌の艶。
天国に行くと、みんなこんなに肌に張りが出るのだろうか。
子供のようなあどけない笑顔から光りが放たれた。
- 75 名前:アバン投稿日:03/01/19 01:43
- 場面が変って、私は長屋の中にいた。
畳も襖も箪笥も何もかも、生活感に満ちている。
流しのタイルは、きれいに磨かれて、ガス台の上でやかんのお湯が沸いている。
お膳の上には青磁色の器に、こげ茶色のきゅうりの古漬け。
きっと夢の中で、私の意識が働いていたんだと思う。
壷模の幾何学的模様のカーテンは、洗い立てのようだし、
窓からは、おばあさんが井戸で洗濯をしている姿が見えました。
襟足に白い手ぬぐいを当て、モンペをはいて腰を曲げている。
男の子。男の子が炊飯器の銀色の蓋を開け、
ぎこちない手つきで、冷や飯をどんぶりによそっていた。
ご飯が冷たくて、もちもちとなっていて、へらにこびりついていた。
それはかなりの量で、一生懸命どんぶりの端に、こすりつけている。
私は、フフフフフフ・・・。と笑った。夢の中で笑った。
その自分の声が現実に耳の奥に響いて、目が覚めた。
彼が身を起して、私の目を覗き込んでいた。
仰向けになっていた私の目の前に、深いこげ茶の瞳がふたつ。
大きく、大きく見えた。
彼は私におおいかぶさり、右手でシートの下にあるレバーを操作して、
私の倒れてたシートを起こした。
彼の匂いがふわりと、そしてふわりとキスされた。
- 76 名前:アバン投稿日:03/01/19 01:50
- 堰きがきれた感覚。この一瞬で、私たちの平行線のバランスが崩れた。
お互いそれまでのように、距離を保ったままで
落ち着くことはできなかったんです。
不安定で、不安定で・・・。
それから、私たちの間では、腹の探り合い、かけひきが始まったんです。
彼の掴み所がない、あえて言葉で言うなら、
冷たい情熱のようなものに翻弄されて、私が傷ついていく日々の始まりでした。
- 77 名前:アバン投稿日:03/01/19 01:52
- これからはsageで書いて行くので、
倉庫に入ってしまいそうになったら、
だれか ageてくださいね。
どうぞよろしくお願いいたします。
- 78 名前:夢見る名無しさん投稿日:03/01/19 11:45
- とても気になって、ロムってました。
今日はとうとうプリントアウトしたら、
22ページにもなり、アバンさんの迫力が感じられます。
これからも、本気でロムります。
- 79 名前:アバン投稿日:03/01/19 17:57
- 当然と言えば当然のような。
なんでキスした?と車を降りた後、森に入り獣道を歩きながら質問した。
寝ながら笑って、あんたおもしろかった。が理由。
いつのまにか、彼は私を「あんた」と呼ぶようになっていたんです。
私もキスするかも?と言ったら、別にいいよ。と答えた。
彼との関係には、建設的なものが何もないはずだった。
だから壊れるものもない。私も諦めているところがあったんです。
でも彼の微少な優しさが、誇張された優しさに見える錯覚だらけでした。
臆病に、弱気に、彼に愛される期待をしてみては、
その都度、彼の抑揚のないたった一言のナイフで胸を突き抜かれる。
そんな繰り返しばかりで・・・。
何故耐えることができたのか?それは私の中にあった冒険心かも知れない。
私はなんだかんだ言っても、彼と廃虚を歩くのが好きになっていました。
- 80 名前:アバン投稿日:03/01/19 18:00
- 獣道をしばらく歩くと何か臭ってきました。濁った水を連想した。
そのとおりでした。湖があったんです。水面はエメラルド色なのに、水際が異様に真っ黒でした。
ジージージージージージーと湖全体が唸っている。
蠅が孵ってはその水面上で飛び回り、そして死んでいく。
だから湖は蠅の死骸で、黒い縁取りができている。
桟橋があり、私たちは途中まで渡りました。彼はそこで立ち止まり、蠅たちについて説明した。
快晴で空が青く、それなりの緑に囲まれてはいるものの、この湖のまわりの日差しは固い。
黄色が強すぎる印刷物の風景写真のようで、棘々しかった。
向こう岸には、お城が建っている。
水色が変色したような緑色のウオーターチューブが、蛇みたいに、お城に巻き付いているんです。
立ち入り禁止のテープの残骸がヒラヒラしていた。
ウオーターチューブは蠅の湖に繋がっている。
トロトロした水の中にトプンと入ってしまうのだろうか。イヤな感じ。
お城の近くには大きな門があって、「○○ランド」とサインがあって。
その一本の巨大な柱の下に、電車の車両があった。車輪がなく、地面に固定されてた。
扉が開いていたので、階段昇って中に入る。
子供の頃に乗った、町中をゴーゴーと走る路面電車に似てる。
内装はニス塗りでテカテカ光っていて、運転操作をする台はペパーミント色のペンキでした。
「つぎ止まります」のボタンもあり、ボタンを見つけたとたん、彼と私の早押し競争になった。
彼に勝てるわけがありません。彼は必死でしたから。
音楽が流れて来るんです。
宇宙を連想させるような、ヨガっぽい音楽が、かなり良い音質でかすかに流れていました。
無人だった。
「○○ランド」という斜めゴチック体のロゴが入ってる、キーホルダー、
ペナント、栞、トランプ、マグカップ、帽子、そして Tシャツ・・・。
彼はひとつひとつの土産品を手にとって、丹念に眺めては、元の場所に丁寧に戻しました。
その電車の土産屋を出ると、私たちはジージージージーと言う音を聞きながら、無言で桟橋に戻りました。
車に戻ると、彼がポケットから○○ランドのキーホルダーを私に見せびらかした。
万引きして来たらしい。私にくれると言う。いいから。と断った。
こういうところでしか、抵抗できない私なのでした。
- 81 名前:夢見る名無しさん投稿日:03/01/20 09:01
- もっと肝心なこと書いてよ。もったいぶらないでくれーー!!
- 82 名前:夢見る名無しさん投稿日:03/01/20 13:00
- それはそれでいいんだよ。
- 83 名前:さげ投稿日:03/01/20 17:18
- 若き日の恋愛は結果じゃなく過程。。。 だからそのままゆっくりお願いします。
- 84 名前:409投稿日:03/01/20 22:55
- 肝心なことってなんだ(笑)?
2人の関係の進展?彼氏の謎?
廃墟の描写?廃墟生活のノウハウ?
全部が面白いので読みに来るのをやめられません....。
- 85 名前:アバン 投稿日:03/01/21 01:33
- 夫は家にいると、このような過去のことは書きずらいです。
私の心は過去の廃虚の世界に住んでいるままで・・・。
毎日それなりに専業主婦の生活をエンジョイしていますが、
これらの経験は、ただのおばさんじゃなくて、クールなおばさんにしてくれたようで。(笑
それもこれもあの彼のおかげだと思う。
大事な男性です。今はそばにいないけれど・・・。
若き日の恋愛は過程。そうだよね。若き日の恋が結果になってしまうんだったら、
こわくてこわくて自由に誰かを好きになる気持ちもなくなってしまうよね。
彼との生活には、結果が見えていた。
それでも私が彼を愛しつづけたのは、経験で良いと思ったから。
私もあの時は普通の女性が考えるように、
好きな人と一生一緒にいたいと感情的には思った。でも・・・。
肝心なこと?
私にとって肝心なことは、やはり彼との関係。
当時は廃虚のことにはこだわらなかった。
今、私がこのように廃虚にこだわっているのは、
廃虚は彼との想い出の舞台だったってこと。
それだから廃虚には悲しいような、誇らしいような感覚がわいてくるんです。
初めての廃虚を見たりすると、
そこで存在している彼と私を想像します。
古い廃虚に、新しい生活の跡が残っていたりすると、
他にも私たちのような人間たちが、いたのかなって・・・。
- 86 名前:アバン投稿日:03/01/21 02:05
- 話がそれるけど、軍艦島について。
あの場所に私は彼と住みたい。でも夢の中。
(本当は昔の島の住人に申し訳なくて、住む気持ちにはなれないけれど。)
あの頃の彼とは軍艦島の話は一度も出たことがなかった。
私は知ったとしても、私はそれほどに興味を持たなかったと思う。
写真を見て想像するんです。
軍艦島は今だから、廃虚としての価値があると言えるとも思うんですけれど。
今でも夢を見てるんです。
磯の匂いを感じながら、船から端島を眺める私と彼。
その角張った島はどんどん大きく見えて来るんだろうな。
視界が防波堤の壁に覆われて・・・。
上陸して何をしよう。キスくらいはするかな?
彼が瓦礫の中を一歩一歩進む度に軋む音がする。
そしてふいに立ち止まり、崩れ落ちて来そうな天井を見上げる。
彼は高い集合住宅の窓から、身を乗り出して遠くを見ている。
何十もの窓のひとつに、彼の姿が見える。
昔、山だった場所に作られた、坂の小道。
両手をポケットに入れながら、しんどそうに昇っていく彼。
写真の一枚一枚に、彼の姿を描いてみる。
亡霊のような彼。
軍艦島に上陸することは、彼との恋を再開することと同じことくらい困難です。
私は彼との恋と同じように諦めている。
でも私が死ぬとき、地球での人生を終えるときに、
魂が抜けていくんだったら、軍艦島に上陸したい。
一度だけでもあの空気に溶け込んでから、天国へでも地獄へでも行きたいなあ。
視覚も嗅覚も触覚も聴覚も、生きてるときのままだったらいいんだけれど。
- 87 名前:夢見る名無しさん投稿日:03/01/21 09:24
- 俺がヤツだったら、アバンみたいな女を離さない。
廃虚に一緒に住んでくれるような女、なかなかいないよな。
俺じゃだめなのか、やっぱり・・・。
- 88 名前:アバン投稿日:03/01/21 10:22
- 彼との生活が始まり、最初の夏を長屋で迎えました。
海へも行きました。
誰も来ないような浜辺です。地元の漁師さんしか知らないような・・・。
民宿も海の家もシャワーもない場所。
いったい、どこからそんな情報を仕入れて来るんだろう。
でも海水浴をするのは、私だけで、
彼はTシャツとジーンズで砂浜に腰を下ろして、
一度も水に入ったこともありませんでした。
よく恋人がするように、波でじゃれあったり、
砂浜での追いかけっこや、水しぶきのかけあいもなかった。
私は長屋で水着に着替え、砂浜で水着になって泳いだ。
何時間でもひとりで泳ぎました。
砂浜に彼ひとりを残して・・・。
仰向けにぷかぷか浮いたり、うつぶせになって波に乗ったり、
だんだんと私が潮の流れに流されると、彼も砂浜を私の方向にゆっくり歩いた。
お互い手を振り合ワケでもなく、ひとりとひとりでした。
私は日に焼けて、だんだんと小麦色になっていく。
彼もそれなりに焼けていたけど、私ほど黒くはなかった。
彼は車に井戸水を石油タンクにいれてました。
私に海水や砂をこびりつかせたまま、彼の愛車に乗られることがイヤなようでした。
彼はタンクの水を私の頭からバシャバシャかけてくれます。
でも結局砂が落しきれてなくて、
砂が助手席のシートに残り、彼は不満そうでした。
そんな時は温泉か銭湯に入って帰りました。もちろん男湯と女湯に分かれて。
そろそろ出るよ。なんて、言うはずありません。
長屋での夏の夜は暑くて、蒸しました。
蚊も多く入って来て、蚊取り線香を炊きます。
でもある日、押し入れの奥から皺くちゃになった蚊帳を見つけたんです。
- 89 名前:アバン投稿日:03/01/21 16:41
- 蚊帳にはモワモワと黴が生えていました。
井戸水で洗い流して、干しました。
皺くちゃだった蚊帳は、平らになったので、使えると思い、
昼間のうちに部屋に吊したんです。
家の中でテント張ってるみたいで、おもしろかった。
昔、昔、子供の頃に、蚊帳で寝るのはおもしろかったものですよね。
その時もめずらしくて、胸がワクワクして・・・。
だんだん夕暮れ近くになると、その部屋の雰囲気が違って来て、
蚊帳の中が異様な特別の世界に見えてきたんです。
私たちは、それまでも距離を置いて寝ていて、お互いのテリトリーには入り込まない、
架空の線ができていたのです。
それはお互い自然に承知していたことなのですが、
緑色の蚊帳がその線を、隠してしまうような・・・。
夜更けて、私は蚊帳の中で、いつもの場所に横になっていたんです。
彼も距離を置いて、横になりました。
私は天井へ昇る蚊取り線香の煙の行方を追っていました。
日に焼けたよね。彼がポツリと言うんです。
時間をかけて言葉少なく話す彼なのですが・・・。
その時も同じでした。
- 90 名前:アバン投稿日:03/01/21 16:43
- 浴衣とか持ってないの?私の浴衣なら実家にある。
その後こんな会話が続きました。
彼が小学校高学年になったころ、
幼なじみの女の子が近くに住んでいたそうなんです。
広場で行われた町内会の盆踊りの日、彼女は浴衣を来ていた。
でも彼女の浴衣の襟の合わせが左右逆になっていたんだそうです。
それを近所のおばさんに指摘され、浴衣の襟を直すことに。
おばさんは柳の木の影に彼女の手を取って連れて行った。
帯がほどけたとたんに、浴衣がハラリと左右に開いて、
見えてしまった。と言いいました。
彼女の胸が見えてしまったと。
見てはいけない、いけないと思いながらも、
その胸から視線が外せなくなっていた。
その子の視線を感じ、チラリとその子の顔を見たら、その子、彼に気がついていた。
すぐに逃げ出したかった。
けれど、そこで逃げ出したら、とてつもなく重大なものを見たことを、
なんか認めることになってしまうから。
自分は忘れようとしたんだけど、やけに白かった胸が忘れられないようで。
浴衣をはだけた彼女の胸元に日焼けした部分と、してない部分の境界線を見たらしい。
蚊帳の中の空間は妖しくて、お互いに発するフェロモンの逃げ場がないようでした。
- 91 名前:アバン投稿日:03/01/21 16:45
- 私の胸を見たいのか?と話の流れ上、そんなふうに聞いた。
どっちでもいい。って、言うので見せた。
彼は、白い部分と焼けた部分の境界線に触れた。
思ったより小さい。彼は私の胸にかすかに触れた。
呼吸を停めた私の体が、ざわざわと、全身のうぶ毛がたつような感じがして、
坂を転がり落ちてしまうような気がして、
彼をブロックした。自分との気持ちに折り合いがついてない。
この気持ちを受け入れられてないで、どうしようか?
私の裸を見て、私を好きになった?
そんなに都合良く行くものか。
彼が心を渡すか、私が体を渡すか。これがかけひきでした。
真夏の夜の蚊帳の中で、私は静に気が狂いました。
きっと彼も・・・。
- 92 名前:夢見る名無しさん投稿日:03/01/21 17:54
- 保全しておきます
- 93 名前:409投稿日:03/01/22 01:03
- どきどき
- 94 名前:夢見る名無しさん投稿日:03/01/22 01:46
- 確かに、どきどきです。淡々と書かれているが、心が揺さぶられる。
- 95 名前:夢見る名無しさん投稿日:03/01/22 23:09
- 乱立荒らし対策保守
- 96 名前:夢見る名無しさん投稿日:03/01/23 00:09
- 自分のスレはおちていい。
ここはまもらなきゃ。
寝ます、、誰かあと頼みます
- 97 名前:山崎渉投稿日:03/01/23 00:42
- (^^)
- 98 名前:アバン 投稿日:03/01/23 00:48
- 彼は工場へ勤め、私は近所のスーパーへのパートでの日常だった。
スーパーでの勤務時間が終えると、私は安くなった惣菜を買います。
スーパーの休憩室に置いてある、電子レンジも重宝しました。
また簡単な厨房もあり、そこで簡単なものを作って、長屋へ持ち帰ることもありました。
鮮魚コーナーの刺身などの奉仕品は、豪華だった。
私が仕事からあがる時間になると、彼がブラリと店に入って来ることもあったし、
スーパーの駐車場に車を停めて、待ってることもあって。
夕方になれば、毎日毎日好きな人が迎えに来てくれる。
スーパーの他の従業員から見ても、私は幸せそな、いい顔をしているって。
私たちは、銭湯やスパのついでに、そのままドライブへ出かけることが多かった。
車を流しFM放送を聞きながら、夕焼けの時間を過ごすことが多かったんです。
長屋での夜更け。私たちは言葉少なく、自分たちの心が赴くままに、
本を読んだり、ラジオを聞いたり・・・。時々話すこともあった。
そしてどちらともなく床につく。そんな毎日の繰り返しでした。
廃虚に生活の秩序と、空気の流れができて行きました。
再び蚊帳を張ることはなくなった、でも私と彼は気が向けばキスをした。
蚊帳での出来事をきっかけに、彼は私の体に触れて来ることが多くなった。
それは彼自身のためだろうってわかる。
私も私自身のために抵抗しないのかな・・・。
毎日毎日、車の中で、長屋の中でのそんな出来事で、
気がついたら、ほとんどの私の体の表面は、彼に占領されていました。
- 99 名前:夢見る名無しさん投稿日:03/01/23 04:29
- ここを覗くことが日課になりました。
また更新してあって、うれしい。
俺も自分のスレのことはどうでもいい。
アバン。体に気をつけて、書きつづけてくれ。
寒くないか?
- 100 名前:アバン投稿日:03/01/23 07:22
- いつものようにラジオを聞きながら車を流して、埠頭についた。
大きな貨物船の船体が、夜をもっと暗くしているような、
圧迫感を感じながらも、車を停めたんです。
Bまでいった。彼がポツリと言う。
Bってもしかして、あの「B」?
私は少しあきれてしまいました。
成人男性から、AとかBとかって、ワラエル。
Cまで・・・いきたい。と彼の率直な言葉が続く。
苦しい。と彼はハンドルを握ってる両腕に顔を伏せた。
雨が降っていた。
車の窓についた雨の水滴が、船の甲板の電球の光りに反射して、
光りながら生き物のように下へ落ちていきました。
雨音が車の屋根に響いて、私たちは静だった。
私も苦しい。でも言えない。
無理にでもしてくれれば、簡単だったのに。
とも、思う。ハッキリ言えば。
お互いのかけひきの結果で。複雑になっていく。
私のことは嫌いでない。でも恋人でない。
Cの関係は持ちたい。これから先もBのままで一緒にいるのか?
と彼が問いかけてくる。
私は彼を失いたくなかった。
長屋で起きて、長屋を出かけて、長屋に帰る。
いつもそこには彼がいる。
- 101 名前:アバン投稿日:03/01/23 07:25
- ・・・いいんじゃない。とだけ答えたんです。
私は堕ちていこうとしています。彼を失うことが怖い。私の弱み。
私自身よりも彼を愛した。なんて言い訳がましいでしょうか?
腹立たしい、言い訳ですよね。
情けないとも思った。悔しかった。
彼は私に触れもせずに、無言で車にエンジンをかけて長屋へ戻った。
再び蚊帳を吊した。
蚊帳の中は前のように妖しかった。
Cまで至るのに、時間はかからなかったんです。
私たちは水を得た魚のように、蚊帳の中を自由奔放に泳ぎ回りました。
情けないとか、腹立たしい気持ちはなくなって、
彼の匂いのが溶け込んだシャワーに包まれて、私は幸せだった。
(すみません。朝書くようなことじゃなかったです。)
- 102 名前:アバン 投稿日:03/01/23 07:39
- あ。私100ゲットです。
- 103 名前:夢見る名無しさん投稿日:03/01/23 11:21
- 朝から目がハートになっています。
- 104 名前:71投稿日:03/01/23 11:23
- 涙がでてきそうなお話し。
なんで2ちゃんなんだろう?って最初は思ったけど
みんな優しいねぇ。
夢見てる女じゃない男の人たちが
アバンさんに優しい言葉を書き込んでるのを見ると、
なんだか、すごい嬉しくなったよ。
- 105 名前:夢見る名無しさん投稿日:03/01/23 12:56
- 優しくしたくなるんだよ。
廃虚に、惚れた男と住む女の気持ちも知りたいしね。
今だから語られるアバンの本音。
もっともっと聞きたい。
- 106 名前:夢見る名無しさん投稿日:03/01/23 13:42
- 心配だからあげとこう。
- 107 名前:夢見る名無しさん投稿日:03/01/23 13:45
-
- 108 名前:夢見る名無しさん投稿日:03/01/23 13:45
- さがらないなあ。
- 109 名前:アバン投稿日:03/01/23 15:06
- 誰かからの優しさには敏感でした。
彼からの優しさを探す癖がついていたから。
今現在、私も落ち着くところに落ち着いて、
安定した生活を送っています。
毎日の生活で、ネット生活でも、
誰かからの優しさが降り注いで来るのがわかります。
周りを見渡せる余裕が出てきたのでしょうね。
あの頃は・・・廃虚に彼と住んでいた2年半は、
彼からの優しさを拾い集めていました。
たとえば、地面の上に無造作に投げ捨てられた優しさだったとしても、
私は這い蹲ってそのかけらを探した。
小さな子供が、床に投げつけられた飴玉を必死に掻き集めるように。
その小さな優しさのかけらの汚れを両手で取り去り、
大切に大切に記憶のポケットにしまいこむ。
そんな作業の繰り返しで、ポケットの中はいっぱいだ、いっぱいだ。
って、自分で元気つけていたような気がするんです。
数えられるだけの優しさのひとつひとつ。今でも思い浮べることができます。
だからこうして書くことができるんだと思います。
あの頃の生活が暗闇ならば、今の生活は燦々としている。
背徳の美。そんな旗をかかげて、彼と一緒にいました。
封印した昔の蓋を開けることはない。
昔の自分は否定されるべきなのか?
私は間違っていたのか?
失敗だったのか?汚点だったのか?
今、このように記憶を絞りだし、書いていることが罪なのかもね。
でも、私は書きます。書いていきます。
- 110 名前:sage投稿日:03/01/23 15:22
- アバンさんの書き込みを、Webページとして一つの形に残させていただけないでしょうか?
某所でアバンさんの書き込みを初めて見た時、私とアバンさんの年齢が近い(書き込みからの
勝手な推測ですが)のもあって、胸を打たれたというか共感するものがあったというか・・・
ここに書くのも勿論一つの形ですし、私が強制できる事ではないです。勿論。
でも、ここだけで埋もれさせるのは勿体なくて。
- 111 名前:夢見る名無しさん投稿日:03/01/23 15:23
- あげてしまいました。
すみません・・・
- 112 名前:アバン投稿日:03/01/23 15:33
- (101からの続き。)
それから長屋では蚊帳を張る日々が続いたんです。
私たちは埠頭から帰った翌日、蚊帳の外へ出なかった。
工場もスーパーも無断欠席で。
蚊帳の中では、世間の罪悪感からも遮断される気がしていたんです。
ふたりで、そう思い込もうとしてたんです。
工場でのキス以来、すでに予告されていたんだと思う。
以心伝心。あ、うんの呼吸。
物理的には薄い紙切れ一枚、
入り込める隙がないほど、密になって行く私と彼。
私のからだ的には、極まっていく思いが、枝分かれして成長していく。
蚊帳の中だけでは何でもありだ。と、自分に言い訳していた。
彼に愛されていないことにも、目をつむることができた。
自分自身を甘やかすことも、できてしまうのでした。
知り尽しても、知り尽しても、足らなくて、
蚊帳の中で私たちは夢中でした。
- 113 名前:アバン投稿日:03/01/23 15:57
- >110
私がここへ書いていること。
私を知らない不特定多数の方に向けて書いています。
自分ではページを作る作業はしたくないです。(怠惰なのでごめんなさい)
sageさん次第です。こちらとしては、構いません。
(渋いデザインでお願いします。)って、我儘ですみません。
できたら見たいです。
私、若くないです。大台乗りました。
sageさんも?
- 114 名前:アバン投稿日:03/01/23 16:27
- 彼は疲れてしまうと、、私の胸の先端にに添って、小さく円を描く。
くるくる、くるくると・・・。触れてないようで、触れてるようで。
ゆっくりとゆっくりと、だんだんとゆっくりとなって、
その動きが止まる。彼が眠ってしまう瞬間で、愛しかった。
彼の前髪が、形の良い鼻にふりかかっているのを、
私は爪の先で拭いましたが、髪は何度でも落ちてくる。
でも彼は目を覚まさない。
私は少し体を起し、足元にまとわりつく毛布を、
上のほうへ引きあげて、彼と私の体をふわりと被って眠りました。
バフッとなる時に、彼の匂いがパフッて私の体を包みます。
書き始めると時間がたつのを忘れてしまいます。
注意しないといけません。ね。
- 115 名前:409投稿日:03/01/23 16:51
- なかなかずるいと思えるところもある彼氏けれど、
聞いてきてくれるところがとても律儀。
ABCという言い回しは確かに笑えるかも。
いままでは不思議な魅力のクールな雰囲気な人なのかなあとおもってましたが
突然中学生みたいで可愛いような。
- 116 名前:♂三十路。投稿日:03/01/24 00:30
- 自分自身の現在の精神状態と重なって何故だか泣けてきます。本当に欲しいモノ(物?者?)はいつでも手に入らないんだ…。透明感のある文体と叙情的な描写が余計に瞼を熱くさせます。早く続きが読みたいな。
- 117 名前:アバン投稿日:03/01/24 05:45
- >409
私と彼は基本的に律儀なんです。(笑
だから会社やパートを無断欠勤して、蚊帳の中で過ごしたこと、
とんでもないことしたような、罪悪感がありました。
日中から私たちが蚊帳の中で不道徳なことをしている間に、
自分たちが仕事を休んで、迷惑を被っている人がいるんじゃないかと。
廃虚に住んでおきながら、この気の小ささはなんだったんでしょうね。
次の日は、ふたりともきちんと出勤したんです。
ABCの言い回し。あれはきっと計算されていたんだと思う。
それか照れ隠し?ギャグ?
とにかく、彼に言われると、ドキドキしたんです。
可愛くて、狂おしい大人の台詞として演出されたような気がして。
>116
本当に欲しいもの。そうですね。
私の場合は多くのものが手に入らなかった。
自分の努力でどうにかなることもあるけど、
ならないことのほうが多かった。
そういうことって、いつまでも尾を引きます。
後ろ髪を引かれる思いと言うか。
でも、そういうことで、自分の人生のバランスを保っているんだと思う。
透明感は、まさしく彼からかもし出されるもの。
彼は透明で乾燥した氷のようでした。
透明という言葉は、キーワードになると思うので、
大切な場面で使わせてもらいます。ありがとうございました。
- 118 名前:110投稿日:03/01/24 11:09
- おはようございます(もう昼だけどw)
お許しが出たので、サイト作りのほうがんばりたいと思います。
- 119 名前:アバン投稿日:03/01/24 13:02
- >110
サイト作り、お気楽に、楽しみながら。ね。
私も楽しみながら書いてます。
せつなくなることも、あるけれど・・・。
長屋での生活も、やがて終わりになりました。
夢に出てきた、親戚のおばあさんの話をしたから。
ここに住んでたおばあさんって、
丸顔で色が白かったでしょ?彼が頷く。
ほら、彼とのドライブの時、獣道を歩く前に、車を停めて少し眠った。
その時の夢の中で、私は幽体離脱のようになって、
ここの長屋の上空を飛んだでしょ。覚えてますか?
井戸で掛け布団を洗っていた、おばあさん。あの夢です。
おばあさんのお顔は、この世のものとは思えない光を放っていた。
その夢の内容を全部話したんです。
それから、数日後、私たちは蚊帳を吊したままの長屋を後にしたんです。
- 120 名前:アバン投稿日:03/01/24 13:39
- とりあえず、家賃だけが支払われていて住人不在の、彼のアパートに行きました。
前にも書いたけれど、廃虚同然です。
男の独り暮らしによくあるような、万年床、オーディオセット、テレビ とビデオ。
きっと平均的な独身男性の部屋なのでしょう。
三つのリモコンを始め、 何枚かのCDやらビデオテープが布団の上に散乱して、
扇風機と炬燵が同居していました。
洗濯物の山。いつのものかもわからない。
台所には、ホコリが乾燥してこびりついたステンレスの流し。
カップラーメンのカスが固くなって残っています。
紙くず系の燃えるゴミが、床を覆うように置いてあって、
今度、捨てよう捨てようと思い溜ってしまったと言います。
でもその部屋は、彼の匂いが濃縮されたような、
それに古い畳と壁の匂いも混じっていて、私には心地良かったんです。
合い鍵。愛する人の合い鍵を持つことは、女の勲章のようなもの。
でも私にはなかった。
アパートの住人が鉄板でできた階段を昇り降りするときに、
カンコンカンコンカンコンカンコン・・・。と音がします。
鍵をガチャガチャ開ける音がして、ドアが開き、締る音がバタン!とする。
やがて、テレビやラジオの音がこもって聞こえて来ます。
夜近くになると通路に面した風呂場からは、水をかける音や、蛇口から勢いよく流れる水、
そして桶を置くカランコロン・・・という音が響いて来ます。
どこかの部屋でお湯を沸かすときに、ボンっと部屋に振動が響くこともあった。
きっと住人のほとんどは同年代の社会人、または学生さん達だったと思う。
住人同士が互いに、生活の気配を感じながらのアパート暮しです。
- 121 名前:アバン投稿日:03/01/24 14:00
- 隣の部屋にはOLが住んでいました。きっと同年代か少し下だと思います。
私は彼の後に従い、階段をカンコンカンコンと昇る。
少し後から、仕事帰りのOLも階段を昇る。
私は彼がドアの鍵を開けるのを、彼の背中に体を寄せるようにして待っていました。
通路が狭かったので、奥の部屋の OL が通れるようにと。
OLは軽く挨拶をして、香水の匂いを撒き散らしながら、私の背後を通りすぎていく。
彼女を目で追いました。私は自慢したかった。
これから男の部屋へ入っていく私を、彼女に見て欲しかった。
しょーもない、くだらない見栄ですよね。
OLはこちらを見向きもせずに、素早く鍵を開けて、部屋のなかへ入っていきました。
ふたりで部屋に入ると、隣からの音が気になった。
しばらくすると、台所の湯沸かし器を使う音や、包丁を使う音も聞こえて来た。
長屋の裏を通る電車の大きな音と振動はうるさかったけれど、
それほど気にならなかった。
でも人間が作り出す小さな雑音は、彼と私をイラ立たせました。
キスをしてもなかなか火がつかない私と彼。
それでも火がついたとたん、彼から口を塞がれ、火が消えてしまった。
彼は恐れた。どんなに小さな吐息さへも。
私と彼はからっきし、ダメだった・・・。
隣の部屋に男性が訪ねて来る日があって。
彼女の声がわざとらしく響く夜があって。
私に聞かせているんだとわかりました。
同性としての対抗意識。私は感じ取ったんです。
その夜、私と彼は再びアパートから逃げ出しました。
長屋に張った蚊帳の中のような、自由に泳ぎ回れる空間を探すために。
- 122 名前:アバン投稿日:03/01/24 14:53
- 私は長屋の蚊帳が恋しくて、戻ろうよ。と言ったのです。
でも戻りませんでした。
彼は工場に勤め続け、私はスーパーのパートをやめた。
私たちが住む二つ目の廃虚は、自転車でパートへ通える距離ではなかった。
幹線道路を下り、市街地から遠く離れた場所だった。
前にも書いたけれど、つぶれたドライブインの隣にある木造一軒屋の廃虚でした。
近くには県営のバス停留所があるのですが、
簡単に作られた小屋みたいなのがあって、その日は、傘を差したおばあさんが、
霧雨を避けるように、ちょこんと腰掛けてバスを待っていました。
せいぜいひとりかふたり腰掛ければ、いっぱいになってしまうようで、
その小屋の外には、背もたれのビニールが破れ、
スポンジが見えてるパイプ椅子が置いてありました。
あの頃は、まだまだホーロー板看板がたくさんあって。
私たちが住む廃虚の木造の壁にも、何枚か貼ってあったんです。
廃ドライブインの手前に、
10台くらいの自動販売機を並べてある細長い建物があったんです。
私たちはそこで、紙コップに注がれた熱いコーヒーを飲んだ。
もう秋になって、肌寒くなっていた。
ドアをスライドして外へ出ると、紙コップからうっすらと湯気が見えました。
彼はコーヒーを飲みながら、廃ドライブインのほうへ大股で歩いて行った。
私は自動販売機の前で待った。
彼がなかなか戻らないので、仕方なくその方向へ歩いた。
そこには木造2階建ての家があって、彼はすでに、その中にいました。
私と彼はそこへ住みついてしまうことになったのです。
- 123 名前:アバン投稿日:03/01/24 15:35
- パートを辞めた私は、挿絵を描くアルバイトを始めました。
学生時代の友人から頼まれた仕事です。
画材一式と電話は元の自分の部屋に置いてあったので、
日中、私はそこで仕事しました。
彼が工場へ行くときに、車でその木造の家を出て、私は自分の仕事部屋に来た。
彼が工場から帰る時に、彼の車に乗り込んで、木造の家へ帰る。
そんな毎日でした。
彼は一度だけ、私の仕事場へ入ったことがあって。
でもなんか恥ずかしくて、別の面の私を見られているようで、
背中を押して追い出した。仕事場のことを描くと、シラけてきたので、
今日はこの辺にしておこうと思います。
- 124 名前:アバン投稿日:03/01/25 01:17
- 木造の家について少し。
玄関は引戸で、きっと開ければ、ガラガラ・・・。と音がしただろう。
でも私たちが出入りするところは、裏の畑の畦道に面した、勝手口でした。
枯れかけた雑草を踏み込んで、出入りした。
この家に住んでいた人は、園芸が趣味だったらしく、
道路に面した玄関の前には、小さな日本庭園の跡がありました。
大きな盆栽のような、松の木は生きてはいるものの、
長い間手入れされた様子がなく、葉が伸びきってバランスが悪かった。
雑草の間からは水仙か、あやめか、菖蒲か、かきつばたか、
しっかりした形の葉が、増えすぎて剥き出しになった球根から何本も出ていました。
枯れかけてはいたものの、再び春が来れば、自力で花を咲かせるのでしょう。
玄関には大きな下駄箱が取りつけられて、
その上にはいくつかの鉢植えの残骸が残っていて、
いくつかの箱庭も置いてあり、おもしろかった。
家全体の壁はベニヤ板でできていて、それ特有の安っぽい匂いがしていました。
ベニヤ板を爪でこすると、ゴーゴーと飛行機が飛ぶような音が響く。
一階には6畳と8畳と4畳半と台所、洗面台と風呂がありました。
8畳間には床の間、仏壇の跡があり、それが部屋全体を暗くしていたような。
4畳半は物置に使っているらしく、住人が残した衣類で溢れていた。
台所は畦道に面したところで、比較的明るかった。
二階は4畳半と6畳。どちらとも日当たりが良かった。
私と彼の生活の場所は、ほとんどがこの二階で、
私としては階下の暗い部屋は気持ちが悪かったので、入れませんでした。
彼はよく入って、何やらゴトゴトしていました。
私は1階の部屋々を避けるように、勝手口から階段へ突進し、一気にかけ昇る毎日。
彼はこの家の住人を知っていたのだろうか?
何回か質問した。でも答えはいつも、別に・・・。だった。
- 125 名前:アバン投稿日:03/01/25 08:17
- そこでの生活が軌道に乗るまで、時間がかかりました。
寝室にしていた2階の部屋は陽が当り明るかった。
けれど、それでも家全体は陰気だったんです。
きっと一階の8畳間の印象があったから。
長屋の蚊帳の中のような妖艶な雰囲気は、どこにもありませんでした。
私は子供の頃、よく金縛りに合ったんです。
(金縛りなんて言うと、笑う人もいるかな?)
大人になりかける頃から、金縛りに合うことはなくなった。
でもこの家の2階に住んでから、十何年間ぶりに金縛りに合いました。
恐い夢を見るんです。一階の八畳間にある床の間の飾り柱。
その柱はつやつやしていて、黒い瘤があるんです。
その瘤の黒い色彩が、どんどん滲んで広がって、視界を覆うんです。
それでグアングアン・・・と耳の中で聞こえる音が大きくなって、
暗闇の中で大音量の津波で毛穴という毛穴から悪寒が入り込んでくるような。
金縛りの兆候なんです。
そんな経験をしてから、私はしばらく、好きでたまらない彼をその家に残し、
自分の仕事部屋に寝泊まりしました。
毎日待っても待っても、彼からの連絡はなし。
女体(表現がヘンだけど、あえて)って不思議なもので、
時間が経つと求めてしまうものなのですね。
せつない。初めて自分で昇った。工場と蚊帳の中の風景、そして彼がよぎる。
こんなこと2度と繰り返せない・・・。
私は彼の工場へ迎い、駐車場で彼を待った。
彼の姿を見て私は潤となった。
- 126 名前: